未来を予測するシンクタンクのリサーチャーコラム

グローバル・インテリジェンス・ユニットのリサーチャーのコラム。国内外で重要と思われるトピックをテキストまたは動画でお届けします。

コロナ特需?「精密栄養学」の個人データベース市場 (IISIA研究員レポート Vol.27)

来る2023年に「栄養学」の転機となるかもしれない大規模研究が開始されるのだという。

国立衛生研究所(NIH)が1億5,600万ドルを費やし5年間で1万人の米国人を対象に食べ物がどのように消化されているのかを調査する。

これまで「曖昧(fuzzy)」だと言われてきた「栄養学」をより精度の高い「精密栄養学」(Precision Nutrition)へと押し上げることが狙いである(参考)。

「万人に良い」という食べ物も食べ方も実は存在しない。お菓子よりもバナナで血糖値が急激に上がってしまう人もいる。「精密栄養学」は「いつ」「何を」「何のために」「どのように」食べれば「健康」と「生活の質」を最高の状態にできるのか個別対応の食の処方箋を目指している。

栄養学の基本は19世紀後半のドイツにおける工場労働者の状況が発端だ。栄養学の祖とされるドイツ勢の生理学者カール・フォン・フォイト(Carl von Voit)によって高たんぱくを中心としたカロリーベースの考え方が重視されるようになった。そしてフォイトの下で学んだ米国勢のウィルバー・オリン・アトウォーター(Wilbur Olin Atwater)がそれを母国に持ち帰り「カロリー」を基礎とする栄養学が世界中に広まった。

(図表:カール・フォン・フォイト)

フォイト

(出典:Wikipedia

他方で肉の「食べ過ぎ」に警鐘を鳴らし、多剤併用(Polypharmacy)よりも「生活習慣(life style)」を強調したのがデンマーク勢の栄養学者でデンマーク国立栄養研究所の所長だったミケル・ヒンドヘーデ(Mikkel Hindhede)である。

すでに「カロリー信仰」が浸透していた欧州勢において当時のヒンドヘーデの意見は先駆的過ぎた(参考)。

そんな中で第一次世界大戦が勃発する。英海軍が北海を封鎖し欧州勢は食糧危機に直面した。中立を保っていたデンマーク勢も封鎖の影響を大きく受けた。

デンマーク勢はヒンドヘーデを食糧顧問に任命する。彼の提案に基づいて肉中心の食事から当時は家畜の餌とされていた野菜と穀物を中心とした食事に切り替えた。

結果はどうだったか?

肉を豊富に食べることの重要性を信じ続けていたドイツ勢は1914年から1918年にかけて40万人以上が栄養失調で死亡した。

対するデンマーク勢では1917年から1918年の間に死亡率は34パーセント低下し、6,300名の命が救われた。これはデンマーク勢の死亡率としては戦争前を含めても最低の死亡率となった(参考)。

(図表: ミケル・ヒンドヘーデ)

ヒンドヘーデ

(出典:Wikipedia

「栄養学」にはまだまだ解明されていないことが多い。その理由の1つが従前の栄養学研究の多くが小規模にとどまっていたことだ。

今回の米国立衛生研究所(NIH)による大規模研究は参加者のDNA構造から郵便番号まで広範囲に渡る個人データを収集する。将来的には個々人にとっての最良の食事療法を予測するモデルを作成することを目指している。

結局のところ米国勢は何を売ろうとしているのだろうか?

国立衛生研究所(NIH)が現在進めているのは史上最も多様性に富んだバッググラウンドを持つ人々の健康データベース『All of Us』の構築である。

全米から100万人を募っているがこれまでに366,000名以上が登録している。集められたデータにはゲノム配列決定のため279,000人以上の生体サンプル(bio-samples)、233,000件以上の電子カルテ(EHR)と134万件以上のアンケート回答などが集められている(参考)。

研究者たちはこれらのデータを使って生物学、ライフスタイル、環境が健康にどのような影響を与えているかを調べてゆく(参考)。

人類の寿命が延び、長期的で複雑な疾患の蔓延が進むことになる。医療費といった社会的コストは上昇する。病気の予防と早期診断を向上させるためにゲノミクスの発展を活用せざるをえない状況になる。個人の身体と人生全体がわかる情報のプラットフォームは新たな仕組みビジネスだ。

他方で遺伝学とゲノミクスにおいては英国勢が世界的リーダーである。去る2012年から10万人のゲノムを解析するプロジェクト立ち上げゲノム研究は英国勢における科学の大きな柱になっている(参考)。今次パンデミックによって(遺伝子情報の)登録者数も増え続けている。その地位を維持する戦略を取っていくだろう。

米国勢と英国勢でどのような競争を見せていくのだろうか。それとも第3の勢力が出てくるだろうか。

 

グローバル・インテリジェンス・ユニット Senior Analyst

二宮美樹 記す

タバコと麻薬、そしてCOVID-19 ―パンデミック下の秘やかな攻防戦―(IISIA研究員レポート Vol.26)

昨年(2020年)以来の新型コロナウイルスによるパンデミックの中で全世界的な消費の現象が起こっている。そんな中で米国勢において消費が増加していると報じられたのが「可燃性タバコ」である。

米国勢においては新型コロナウイルスの感染拡大に伴い断続的に都市封鎖(ロック・ダウン)が敷かれる中、数十年続いていた可燃性タバコの売上高の減少が昨年(2020年)急激に減速したという(参考)。

米国勢におけるタバコの歴史は長い(参考)。

400年以上前の17世紀初頭にイギリス領のバージニア植民地で始まったタバコの生産は17世紀末になるとペンシルバニアからノースカロライナに至る米国勢東部州一帯の主要産物となった。更に独立戦争後の18世紀にはタバコの栽培は内陸部(ケンタッキー、テネシーミズーリ及びオハイオ)に及び米国勢はタバコの世界供給国となった。

当初主として欧州勢に向けてタバコを輸出していた米国勢において国内消費が急速に拡大したのは、20世紀に入りいわゆる「シガレット(紙巻きタバコ)」の生産が機械化されたことによってであった。従来その都度自分の手で巻いて吸うものであったシガレットの工場生産を始めたのが英国勢において創業され後に世界最大のたばこ会社となるフィリップ・モリス社であった。

急速に拡大した米国勢におけるタバコの消費が禁煙運動へと転換するのもまた急激な変化によってであった。

1996年3月に米国勢において元喫煙者らが喫煙によって肺がんなどの健康被害を受けたとしてフィリップ・モリス社をはじめタバコ会社10社とタバコ協会を相手取り損害賠償を求めるPL訴訟が行われた(参考)。同月13日に被告タバコ会社のうちのリゲット・グループが原告側と和解して以後25年に渡り収益の一部をルイジアナ州の禁煙支援活動に拠出することなどに同意した。当該和解が米国勢のタバコ業界に衝撃を与えることとなった。

近年では去る2009年に「家庭内喫煙予防・タバコ規制法」が施行されタバコの広告やマーケティングが規制され(参考)、人体への有害性が低く禁煙効果があると“喧伝”される電子タバコが広まった。2016年にはバラク・オバマ米元大統領が政府がタバコメーカーを規制する強力な権限を付与する「新タバコ規制法案」に署名したことで電子タバコを含むタバコ製品についてより厳しい規制がかけられることとなったものの、未成年者や若年層に対する電子タバコの販売規制強化が課題となっている(参考)。

(図表:電子たばこ)

電子たばこ

(出典:Wikipedia)

 

こうした中でなぜ可燃性タバコが再び吸われるようになっているのか。

そこには去る2019年夏に米国勢において発生した「謎の」肺疾患が関係している(参考)。当該肺疾患では呼吸困難、胸の痛み及び疲労感といった症状が認められ、重症の場合には人工呼吸器の装着が必要となり、更に一部の患者には生涯後遺症が残る可能性も指摘された。米国勢においては2200以上の同症例が認められ40人以上が死亡している。

この肺疾患の原因は不明であるものの罹患者が電子タバコの使用歴という点で共通していたために同国勢政府は電子タバコに含まれる成分が原因の可能性が高いと推測した。

こうした事態を受けて同年9月11日にトランプ米大統領(当時)はフレーバー付きの電子タバコの販売規制を表明した。結果として当該規制は翌年(2020年)に控えた大統領選への影響などを考慮して実施されなかったものの健康被害への懸念が広まることとなった。

新型コロナウイルスによるパンデミックへの対策として都市封鎖(ロック・ダウン)が行われる中で在宅時間が増加したことにより―職場などでは禁止されている―喫煙が自宅にいることで比較的自由にできることなどから喫煙量が増加し、電子タバコへの懸念から一部では可燃性タバコへの回帰が起こっていると指摘される。

しかしここで考えたいのが次の2つの点である。すなわち(1)バイデン「新米政権」によるタバコ規制の更なる転換、(2)麻薬ビジネスとの関係である。

まず第一に、バイデン「新米政権」におけるタバコに関わる政策の転換の可能性である。バイデン「新米政権」において今次パンデミック対策責任者として専門家パネルに参加するのがデービッド・ケスラー元米食品医薬品局(FDA)長官である。同人は長年タバコ販売の規制強化を目指し政界に敵も多いとされる人物である。そもそも先述の「謎の」肺疾患の症状は今次新型コロナウイルスの症状と酷似しているのではないか。今次パンデミックが大々的に“喧伝”される以前の去る2019年9月の段階でイタリア勢においては「Sars-COV-2」がかなりの規模で確認されていたとの情報があり、米国勢においても当該肺疾患はむしろ「Sars-COV-2」であったとも考えられる。トランプ米前政権においては電子タバコによるものとされた当該疾患がバイデン「親米政権」においてどのように扱われるのか、むしろ再び「(可燃性)タバコ離れ」の減速から再転換がなされるのかについて注視する必要があろう。

第二に重要な点は麻薬ビジネスとの関係である。

そもそも電子タバコはそれ自体による健康被害のみならず大麻マリファナ、コカインなどを吸引するために使われていることも懸念材料となっていた(参考)。

この関係で重要なのがトランプ米前大統領が電子タバコ規制路線をとっていた昨年(2020年)11月にコロンビア勢が1999年以来初めてとなる景気後退局面に入ったことが“喧伝”された点である(参考)。コロンビア勢は世界のコカイン生産量のうち約60パーセントを生産しており、同国勢内には300を超える麻薬密売組織が存在しているとされる(参考)。コロンビア勢を巡る麻薬ビジネスの転換に伴い電子タバコとともに動かされていた同国勢の麻薬の流通にも転換が起こったことも考えられる。

「タバコ」ビジネスを巡る大転換が米国勢を中心として起こっていくことになるのか。引き続き注視していきたい。

グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー

佐藤 奈桜 記す

ブルーベリーはパンデミックに対抗する切り札になるのか?

「ブルーベリーがコロナウイルスを無害化する」という研究結果が発表された。宮崎大学医学部の森下和広教授らのチームによる研究で県産ブルーベリーの茎と葉から抽出した成分に新型コロナウイルスを無害化する抗ウイルス作用があることを確認したというものだ。「実」ではなく「茎」と「葉」に効果があったことが画期的である(参考)。

世界のブルーベリー市場は来る2024年までに45億米ドルに達すると予測されている。

脳の機能を保護する効果(参考)やDNAのダメージを減らす(参考)など、近年その栄養価が認められ世界的な需要はまだまだ伸びると予想されている。

今回の我が国における研究結果が今後世界中に広がりそうだ。

(図表:ブルーベリー)

(出典:Wikipedia

世界のブルーベリー原料市場は非常に競争が激しく、多くの主要なプレーヤーで構成されている。

世界におけるブルーベリー(ワイルド、カルチベイト、ビルベリーを含む)生産量のトップ5はアメリカ、カナダ、中国、チリ、ペルーである。北米大陸だけで世界のおよそ80%以上のブルーベリーを生産している。

ここに南アフリカが近年躍進している。同国も世界的に需要の高い抗酸化物質やビタミンCが豊富なこの有望な果実の栽培に乗り出した。過去12年で生産量は40倍に増え、主に欧州に輸出されているが中国や韓国市場にも到達した。しかも今回のパンデミック南アフリカのブルーベリーの輸出に支障をきたしていない(参考)。

大手の米国やカナダに比べれば南アフリカのブルーベリー生産量は「控えめ」ではあるものの中国や韓国での市場獲得を目指しているため生産量のさらなる伸びが予想される。

(図表:ブルーベリー)

(出典: Le Monde

ペルーのブルーベリー・シーズンが終わり、これから市場の大半はチリが占めることになる。そしてその後はスペインやモロッコなどの地中海沿岸諸国にシーズンが移る(参考)。

ブルーベリー原料市場の範囲として「冷凍」ブルーベリー、「乾燥」ブルーベリー、濃縮ブルーベリージュース、ブルーベリーピューレなどが含まれ、市場は医薬品、食品および飲料、栄養補助食品/栄養補助食品として分割される。

昨年(2020年)の「健康食品」の市場規模は前年比0.9%増の1兆4999億円だったと試算されている。世界的なパンデミックを受けて免疫機能などをうたった「機能性表示食品」が市場を牽引した。今年(2021年)には2.3%増の1兆5352億円への拡大を見込んでいる(参考)。

「ブルーベリー」を商品化している企業として小林製薬TYO:4967)やアサヒグループホールディングス株式会社(TYO:2502)、森下仁丹TYO:4524)などが挙げられる。

専ら「目にやさしい」ことにフォーカスが当てられてきたブルーベリーにもう1つの可能性が出てきたことで新たな商品開発が期待される。ブルーベリーの世界の需要と併せて、引き続き注視してまいりたい。

 

グローバル・インテリジェンス・ユニット Senior Analyst

二宮美樹 記す

花の「冷蔵庫」―止まらないフラワー・ロスを救え!

あと1週間ほどでやってくるバレンタイン。

昨年(2020年)で10年目を迎えた取り組みとして、農林水産省が後押しする「フラワー・バレンタイン」があるのをご存知だろうか。

(図表:クラッチブーケ)

(出典:Wikipedia

切り花の月別支出額は卒業式、クリスマス並びに盆や彼岸といった「イヴェント」のある月に比べ、1月~2月の冬季、6月~7月の夏季には支出が落ち込む傾向にある。

(図表:一世帯あたりの切り花の月別支出状況(平成21年))

(出典:総務省「家計調査年報」

こうした中で切り花の需要拡大のため「フラワー・バレンタイン」が徐々に定着しつつある。

実は生花産業は世界的に大きな社会問題を抱えている。

それは「フード・ロス」の3倍もの量を出している「フラワー・ロス」である(参考)。

生花業界はそもそもプロダクト・アウト型の構造である。つまり生産者が作った分だけ農協や市場が買い取り、卸業者及び小売業者を通して消費者へと届く。

こうした流通過程の中で「規格ロス」(農協や市場の規格に合わず出荷できない)、「マージンロス」(多段階の流通過程を経ることでマージンが膨らむ)、「鮮度ロス」(いつ来るか分からない注文に対して小売業者が在庫を多く準備)といった多段階のロスが発生する。特に「鮮度ロス」は出荷数の3割にも上るという(参考)。

こうした様々な「ロス」の損失は当然売価に上乗せされるため需要減につながることとなる。

加えて昨年(2020年)以来、卒業式や入学式、ハロウィン、クリスマスなど様々なイヴェントが「自粛」され更に花の需要は低迷している。「コロナ禍」はフラワー・ロスを更に増加させている。

コロナ禍で注目が集まったのが花のサブスクリプション・サービスである。

日比谷花壇BOTANICはじめ多くのサブスクリプション・サービスが存在し、過分な在庫を抱えなくて良いことからロス・フラワーの削減につながっているという。

しかし現状の生花業界の構造においては店舗が仕入れずとも花は生産されてしまう。

そうした中でこれからのフラワー・ロス削減として注目したいのが新しい「冷蔵庫」である。

株式会社エバートロン(総合商研:7850)が開発する水分子コントロールにより生花の寿命を長持ちさせる技術を用いた冷蔵庫を用いれば1か月切り花が持つことになるかもしれない。

フラワー・ロスの額は大きく、また世界的な問題となっている。

こうした中で新しい「冷蔵庫」技術がフラワー・ロスを救うのか。

引き続き注視してまいりたい。

 

グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー

佐藤 奈桜 記す

議長国がイタリアなのは何故か? ~B20 Italy 2021報告~

去る1月21日にB20が正式に開幕した。B20とは「G20ビジネス・サミット」のことだ。我が国における知名度はそれほど高くはないものの主要な多国籍企業の経営トップを含むG20諸国から1,000名以上の企業コミュニティの代表が参加する。G20首脳たちが議論すべき政策提言を「産業」面から行う文字通りG20を支える存在である(参考

ここで重要なのはG20もB20も本年(2021 年)イタリア勢が議長国であるということだ。

さらにヴァチカン勢主導の「インクルーシブ・キャピタリズム」も今年開催される。「資本主義(キャピタリズム)」が本来「ごく一部の限られた人たちのため(exclusive)」であったのに対し「すべての人々のため(inclusive)」の「資本主義」という新たな定義を提唱しているものだ。主要メンバーはマーク・カーニー国連気候変動特使(前英中央銀行総裁)、リン・フォレスター・デ・ロスチャイルド、ダレン・ウォーカー(フォード財団 会長)などである。

世界経済の中核をなす国々とプレーヤーたちが集い、これからの世界の枠組みを打ち出す場になっているのである。それらがいずれもイタリアで起ころうとしている。このことからも同国の動向が注目に値することはすぐにお分かりいただけるのではないかと思う。

(図表:イタリア)

italia

(出典:G20 Italia 2021

 

今年のB20議長はイタリア産業界の重鎮エマ・マルチェガーリア(Emma Marcegaglia)である。彼女を知らないイタリア人はほとんどいない。イタリアでは女性会社役員の割合がわずか6パーセントと欧州勢(EU)の中でも最低レベルの一つとされている中イタリア版経団連ともいえるコンフィンドゥストリアの会長を務め、CEOである家業の鋼鉄会社マルチェガーリアは5か国で7,500名を雇用するグローバル・カンパニーである。長年イタリアのメディアにおいても存在感を示してきた(参考)。

今回のB20の開幕のスピーカーにはジョン・ケリー米大統領特使(気候問題担当)、ラリー・フィンク氏(ブラックロックCEO)、デビッド・サッソリ氏(欧州議会議長)、デビッド・ビーズリー氏(世界食糧計画事務局長)、デビッド・ウォーカー氏(WTO総会議長)、ダリオ・スカンナピエコ氏(欧州投資銀行副総裁)、マイケル・R・ブルームバーグ氏(ブルームバーグL.P.創業者)等が名を連ねた。

米大統領就任式の翌日の開催である。トランプ「前米大統領」の4年間に対する「反動」のようなオープニングだったと言えるかもしれない。バイデン「新米大統領」が「パリ条約」への復帰を発表した直後だったこともありスピーカーたちからは「アメリカが帰ってきた」のフレーズが連呼された。

(図表: 2021年B20イタリア)

B20 italy

(出典:B20 Italy 2021

 

頻出した共通のキーワードは「多国間主義(multilateralism)」である。マルチェガーリアB20議長もこのワードを出し「我々は『保護主義』や『ナショナリズム』に対抗する(against)」とオープニングを締めくくった。

今年のB20のテーマは“Reshape the Future: Include, Share, Act(未来を再構築する:包含する、共有する、行動する)”である。

弊研究所は去る2015年からB20に参加してきた。今年も「デジタル・トランスフォーメーション」のタスクフォースのメンバーとして10月にローマで開催される最終サミットでのG20への提言まで関与していく。

今回のG20及びB20がパンデミックを受け大きな転換を求められること、さらには議長国がイタリアであることに重要な意味があると捉え、とりわけG20/B20そのものの在り方に関する新たな提案がなされるのかに注視してまいりたい。

 

グローバル・インテリジェンス・ユニット Senior Analyst

二宮美樹 記す

エジプト勢の高速鉄道建設が始動 新首都は砂漠に花開くか(IISIA研究員レポート Vol.25)

エジプト勢がドイツ勢のシーメンス社との間で高速鉄道路線のためのMOUに署名した(参考)。

この高速鉄道はカイロの東の砂漠に建設中の新しい首都、そして新アラメイン、紅海のアインソフナを通る460キロメートルにわたる区間で建設が開始され、2年以内の完成が予定されている。今次鉄道建設では230米億ドルが当てられる。

シーメンス社は以前にもエジプト勢におけるインフラ整備に関わっている。2015年には総額70億ドルをかけ4.8ギガワットの発電所を3基建設した。これらは当時、それぞれ世界最大のものであった。

(図表:State-owned Egyptian Electricity Holding Company (EEHC))

egypt-giza-north-power

(出典:EGYPT INDEPENDENT)

実はドイツ勢はエジプト勢に対して積極的な姿勢をとってきている。

エジプト勢においては2011年にいわゆる「アラブの春」、2013年にも政変があり政治と経済が混乱した。これに対して欧州(EU)勢が強硬姿勢をとっていた中、2013年にはエジプト勢との関係見直しを求めるなどドイツ勢(メルケル首相)はエジプト勢との関係継続を求めてきた。

国内情勢の混乱の中で一時は深刻な電力不足に陥ったエジプト勢であったがドイツ勢の協力による発電所開発などを受けスーダン勢やリビア勢など他のアフリカ勢諸国に売買する発電能力を持つまでとなった(参考)。

更にエジプト勢は昨年(2020年)末には同シーメンス社と500メガワットの風力発電所の新設計画を打ち出している(参考)。

ドイツ勢は比較的アフリカ勢諸国に対する影響力が低く、そうした点からエジプト勢との協力体制は続くものと考えられる。

他方で問題はエジプト勢における「新首都」建設にあろう。

エジプト勢の首都はカイロにあるが、首都圏の人口は2500万人とアフリカ勢最大の都市である。こうした中で首都の混雑解消のため、カイロ東の砂漠に行政首都を建設する計画が2015年から始まっている。この新都市は約700平方キロメートルの面積に大統領府、議会、中央省庁などの行政施設に加え発電所や空港なども建設される(参考)。

他国勢の首都機能(一部)移転の事例に鑑みると、ブラジル勢においては新首都建設費用を賄うために行われた貨幣の増刷や外国からの借款により激しいインフレーションとなった。

またミャンマー勢においては新首都のインフラ整備を進めたものの移転は進まず「無駄の象徴」とも評される状況となっている。

新首都への移転の成功は難しいといえる。

他方で中国においても人口増により北京の都市機能が限界に達していることから、首都機能以外の経済、教育、文化といった領域を雄安新区に移転し「副都」としての役割を担わせる「国家千年の大計」が2017年4月より始められた。

中国勢においてもこの首都機能一部移転に伴い首都・北京と雄安新区を結ぶ高速鉄道が去る(2020年)12月27日(北京時間)に開通した。

高速鉄道による新首都へのアクセスの向上は首都移転に関して成功要因となり、新首都の移転が景気浮揚策となるのか。引き続き注視していきたい。

 

グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー

佐藤 奈桜 記す

「トルマ」の戦い ~「食」を巡る地政学的リスク~

フランスの権威あるガストロノミーガイド「ミシュラン」が新たな目的地としてモスクワを対象にすることを発表した(参考)。近年モスクワのレストランが「再生(ルネサンス)」を果たしたからだというのが理由だ。モスクワ市長はこの発表を受けて歓迎の意を表した。

なぜモスクワのレストランが復活したのだろうか。発端は意外なものだった。

 

(図表:ボルシチ

 

 ボルシチ
               (出典:Wikipedia
 

去る2014 年にロシアがウクライナからクリミアを併合したことを受け欧米がロシアに制裁を課したが、この制裁によって多くのEU食材がロシアに入らなくなった。その結果モスクワのレストランでは地元の食材に頼る傾向が強まった。

西側から輸入した肉やチーズ、魚に頼っていたレストランは閉店を余儀なくされ、ロシア地方からの食材調達に努めていたレストランは競争力を増すことになったのだ。モスクワのシェフたちは地元の食材を強調することによって存在を際立たせているというのがミシュランの評価である。

 

他方で最近「ボルシチ」がロシアとウクライナ地政学的対立の中心となっている。

ウクライナ人が「母乳の次に我々が口にするのがボルシチだ」と言う程ウクライナにとってボルシチは譲れない国民食なのである(参考)。今年(2021 年)両国はそれぞれこの料理をユネスコに申請する予定だ。

 

「食」を巡る国家間の対立は世界中で起こっている。

シンガポールが「ホーカー文化」(安価な屋台街)をUNESCOに申請しようとしたとき特にペナンを中心に同じく「ホーカー文化」を持つマレーシアから激しい反発が起こった(参考)。最終的にUNESCOは先月(2020年12月)シンガポールの「ホーカー文化」を無形文化遺産に登録したことを発表した(参考)。

昨年(2020年)ナゴルノ・カラバフの紛争が再燃したアルメニアアゼルバイジャンだが、それ以前から葡萄の葉で包んだミートボール料理「トルマ(“tolma")」を巡ってもう1つのコーカサス紛争が起こっていた。

 

(図表:トルマ(“tolma"))

 

 トルマ
                (出典:Wikipedia
 

去る2012年にアゼルバイジャンのイルハム・アリエフ(Ilham Aliyev)大統領が「アゼルバイジャン国民食である」と公言して以来「トルマ(“tolma")」は両国の間で論争の的となった。

アゼルバイジャンの国家安全保障省は国家料理センターを設立し、特にアルメニア人がアゼルバイジャン料理と思われる料理を盗用しようとする動きに対抗するための支援まで開始した。これを受けてアルメニアでは激怒の声が上がり、国の国民食を「占領者」から救うために様々な取り組みが始まった。その中に年に一度のトルマ祭の開催があり、この料理をアルメニアの代表的な料理だとアピールしている(参考)。

 

今次パンデミックにより世界の流通やサプライチェーンが変わりつつある。それに伴い各国の「食」の文化も変わることになりそうだ。

 

グローバル・インテリジェンス・ユニット Senior Analyst
二宮美樹 記す