未来を予測するシンクタンクのリサーチャーコラム

グローバル・インテリジェンス・ユニットのリサーチャーのコラム。国内外で重要と思われるトピックをテキストまたは動画でお届けします。

生物多様性とビジネスとのジレンマ

今年(2020年)秋に起こった米カリフォルニア州の山火事は過去3年間の合計を上回る被害をもたらした(参考 )。

山火事は近隣の住民にとっては恐怖だが他方で焼失した森林は「生物多様性」に最も富んだ生態系を作り出す。その森林の在来種に恩恵をもたらすのだ。例えばブリティッシュ・コロンビア州(カナダ)の植生景観のほぼ全体が山火事によって築かれたものだ(参考 )。激しい火災の後に焼失した森林は「死んだ」ように見えるかもしれないが野生生物学者によればそこは生命の宝庫で溢れている(参考 

ロブソン山

図表:ブリティッシュ・コロンビア州にあるロブソン山(出典:Wikipedia

火事の後に最初に到着するのは煙の匂いを追いかけてくるカブトムシやキツツキだ。焼かれたばかりの木をご馳走にするためだ。通常これらの木々からは昆虫を追い払うために粘着性のある有毒な樹脂が分泌されている。火事の後にはその能力が欠如しているためご馳走になるのだ。焼け崩れた枯れ木も養分を土壌に戻す重要な役割を果たす(参考 )。去る2013年にヨセミテ国立公園近くで起こった山火事「リム・ファイア(Rim Fire)」の1年後の調査によれば焼けた地域は近隣の同種の森よりもフクロウの生息率が高くなっていた(参考 )。

生態系の破壊や生物多様性の損失が国際的に問題視されるようになったことを受け「生物多様性条約(The Convention on Biological Diversity、CBD)」が去る1993年に発効された。

この条約は次の3つを目的としている;

生物多様性保全

●生物資源の持続可能な利用

●遺伝資源の利用から生じる利益の公平かつ衝平な配分

去る2010年に名古屋で生物多様性条約第10回締約国会議(COP10)が開催され「名古屋議定書(Nagoya Protocol)」が採択された(参考 )。農林漁業などを通じて人が自然に適応し共存している二次的自然地域のことを学術的に「社会生態学的生産ランドスケープ・シースケープ(Socio-ecological production landscapes and seascapes、SEPLS)」と呼ぶ。いわゆる「里山」であり我が国に限らず世界中に見られるものだ。インドネシアでは「ケブンタルン(kebun-talun)」、スペインでは「デエサ(dehesa)」と言われる。これを枠組みとして世界に向けて推進しているのが我が国の環境省国連大学サステイナビリティ高等研究所(UNU-IAS)による「SATOYAMAイニシアティヴ国際パートナーシップ」(IPSI)である(参考)。

里山

図表:里山(出典:Wikipedia

その一方で他の「環境」関連の条約と同じく「生物多様性条約」にもその深奥に“ビジネス・モデル”が含まれることを同会議の前年に弊研究所は示している(参考  )。「排出権取引」のように米国勢において去る1950 年代から実践されてきたのが「ミティゲーション・バンキング (Mitigation Banking)」という手法である。開発による生態系の損失を「軽減(mitigate)」したときにそのプラス分を蓄積(banking)し債権化する。別の会社はそれを買うことで「ミティゲーション」したことになるというものだ(参考)。現在世界中の「ミティゲーション・バンキング」マーケットは約54億6,300万ドル(2018年時点)の規模となり来る2027年には約166億4,300万ドルに達するとの試算もある(参考 )。

米国勢がこれまで「生物多様性」の名の下に発展させてきたこの「ミティゲーション・バンキング」という仕組みは明らかに“開発”を前提としており「里地里山」という言葉に象徴されるようなありのままの自然とそこに暮らす人間の共生とは相容れないものだ。

「名古屋議定書」と同時に掲げられたのが「愛知目標」である。これは具体的な数値目標を含んだ2011年~2020年までの戦略計画だった。当時「歴史的合意」と評価された同目標は期限を迎えた今年(2020年)10月末達成されなかったことが明らかにされた(参考 )。来る2021年には第15回(COP15)が中国・雲南省昆明市で開催される。この10年間がどのように振り返られ、そしてどのような未来が描かれるのか注視して参りたい。

 

グローバル・インテリジェンス・ユニット Senior Analyst

二宮 記す