遠隔操作マシンガンがもたらすインパクト
去る11月27日(テヘラン時間)、イラン勢で最も著名な核科学者モフセン・ファクリザデ(Mohsen Fakhrizadeh)がテヘラン近郊で殺害された旨報道された(https://www.bbc.com/japanese/55112169)。
(図表:Mohsen Fakhrizadeh)
(出典:https://en.wikipedia.org/wiki/Mohsen_Fakhrizadeh)
モフセン・ファクリザデはイラン勢の核開発に関わる「防衛開発研究機関(SPND)」代表を務めており、同機関は去る昨年(2019年)3月に米国勢から制裁対象と認定されている。この制裁措置の背景として核合意失効後に再び核開発が行われることへの懸念と若い研究者が核開発に関わらないようにけん制する目的があるとされる(https://www.afpbb.com/articles/-/3217174?cx_part=search)。
今回の暗殺に関して当初イラン勢の国防総省は武装テロリストがモフセン・ファクリザデの乗っていた自動車を襲撃し、7人の襲撃犯とモフセン・ファクリザデ側のボディ・ガードとの間で銃撃戦があったと説明していた。またテロリストとされる3,4人が殺されたという目撃情報も伝えられていた。さらに現場の近くで証拠隠滅のため日産車が爆発したとも報じられた(https://www.bbc.com/japanese/55112169)。
イラン勢の外務大臣モハンマド・ジャヴァード・ザリーフ(Mohammad-Javad Zarif)はツイッターで「テロリストがイランの著名な科学者を殺害した」とし「この卑劣な行為は、イスラエルの関与が強くうかがえるものだ。戦争を引き起こそうと必死の様子だ」と批判して国際社会に対し「国家によるテロを非難する」よう求めた(https://www.bbc.com/japanese/55112169 )。
しかし11月29日(テヘラン時間)になると説明は一転し暗殺者の集団がその場にいたのではなく先の不審な日産車に設置された遠隔操作の自動機関銃からの発砲により殺害されたと報道された(https://www.ynetnews.com/article/rkY6g00ZiP)。この日産車は証拠隠滅のために発砲後爆破されたという。
ここで使われた自動機関銃は高度なカメラとAIを搭載しており衛星経由でオンライン制御されていた。3分足らずで砲撃がなされ、25センチメートルしか離れていなかったモフセン・ファクリザデの妻には発砲がされなかったという(https://www.afpbb.com/articles/-/3319920?cx_part=search)。
イラン勢は本件で使われた銃に「イスラエル製」という文字が刻印されていたということを根拠としてイスラエル勢を非難している(https://parstoday.com/ja/news/iran-i68380 )。ここで疑問となるのはイスラエル勢が関与しているとすれば、そして証拠隠滅のために使用した車を爆破までしているとすれば、なぜ使用した銃に「イスラエル製」などと刻印したのかという点であろう。イラン勢は少なくとも核兵器を巡ってイスラエルと対立する構図を改めて打ち出したいと分析される。
一方、本件で使われた遠隔操作の自動機関銃の高性能さも明らかだ。今後暗殺には同様の遠隔操作が主要な手段となっていくことが考えられる。このことがもたらすのは暗殺犯側の危険が大幅に低下する暗殺だ。それは同時に第三者への責任転嫁もより簡単にするだろう。遠隔操作武器の今後について引き続き注視していきたい。
グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー
佐藤 奈桜 記す
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タイムマシンは「香り」だった ~世界の香料市場に起こりつつある変化
16世紀、欧州。ルネサンスそして宗教改革の嵐が起こり中世から近世へと新しい世界観が生まれた。ニコラウス・コペルニクス(Nicolaus Copernicus)が地動説を発表し、大航海時代における「冒険の時代」から「征服の時代」へと移行した頃でもある。
1815年6月18日のワーテルローの戦いでは欧州中がその行方を固唾を飲んで見守った。ロンドン・シティではこの戦いの勝敗によって儲けた者、大損した者、そしてロスチャイルド家のように巨万の富を得て世界経済における確固たる地位を築いた者も出た。
こうした時代の欧州の人々はどのような「香り」「匂い」を日々嗅いでいたのだろうか。
まさにその頃の「欧州の香り」をデジタル・ライブラリーとして蘇らせる試みがなされようとしている。英国および欧州の科学者、歴史家、人工知能の専門家らが人工知能を用いて16 世紀から20 世紀初頭に欧州の人々が嗅いでいた様々な香りを特定し目録化する予定だ(参考 )
欧州の過去と現在の「匂い」を探求する初の国際研究プロジェクトになる。最終的に目指しているのは「欧州文化を形成してきた主要な香りは何だったのか」「困難な香りや危険な香りに欧州社会はどのように対処してきたのか」を明らかにすることだという(参考)。
実は「嗅覚」は五感のうち最も未開拓であった。視覚や聴覚の方が重要視され「匂い」は説明のできない謎に包まれた世界だった。
その嗅覚を解明したのが神経科学者リチャード・アクセル(Richard Axel)とリンダ・バック(Linda B. Buck)である。匂いを識別する「受容体」と呼ばれるたんぱく質の実態を明らかした。また鼻の中にある嗅覚神経細胞はおよそ500万個あり、これらの神経細胞が脳にどのように接続されているのかも解明された。この発見によって2人は去る2004 年にノーベル生理学・医学賞を受賞する(参考 )。さらにゲノム解析によって人の嗅覚受容体遺伝子は約350種類もあり全遺伝子の1%をも占めていることもわかっている(参考 )。
神経科学の見地による裏付けもあり香料マーケットは昨今急拡大している。世界の「香り」(flavour and fragrance)の市場規模は約263億ドルとされている(参考)。
他方で「香り」は欧州(EU)勢において特に規制が厳しい。香料の公的規制はなく世界のほぼすべての国の香料規制が国際香粧品香料協会(IFRA、International Fragrance Association)が定める「IFRA スタンダード」に準拠している。
新たな市場も生まれている。「デジタル嗅覚テクノロジー」(digital scent technology)の過去5年間の年平均成長率(CAGR)は30.4%で6億9,100万ドルとの試算もある(参考)。
新たな領域の出現によって「香り」のグローバル・マーケットが今後どのように変わってゆくのか引き続き注視して参りたい。
グローバル・インテリジェンス・ユニット Senior Analyst
二宮 記す
デジタル化、ペーパーレス化と巨大産業の製紙業
弊研究所のマンスリー・レポート等を執筆している研究員が、それぞれの研究テーマを踏まえ、研究員の視点から皆様に最新の情報をご提供いたします。
今回のテーマは
デジタル化、ペーパーレス化と巨大産業の製紙業
です。
「テレワーク」は本当に成長株か?
新型コロナウイルスの感染拡大、そして今年(2020年)4月初めの「緊急事態宣言」に伴い「テレワーク」を導入した企業も多い。「テレワーク関連株」への注目も高まっている。
ではテレワーク関連企業は本当に成長しているのだろうか。
いくつか取り上げてみよう。
まず必要になるのがセキュリティだ。 例えばソリトンシステムズ(3040)は「働き方改革」を軸としたセキュリティ対策ソフトやシステム構築に強みがある。同社の株価は新型コロナウイルスの感染拡大の傾向が強まった今年3月ごろから比較的急激に上昇し、その後も上昇傾向を続けている。
また同社の2020年の第3四半期決算によれば前年同四半期比で営業利益が80.9パーセント増、経常利益が109.6パーセント増となっている。
テレワークで必須となるのが業務進捗の管理やコミュニケーションツールだ。サイボウズ(4776)は在宅勤務に対応するグループウェアを提供しており、2010年から自社でもテレワークの取り組みを進めていた。
ソリトンシステムズと同様に3月初旬から株価は上昇し、売上高も今年1月から9月まで前年同期比で110パーセントを超えている。営業利益についても4月以降は9月を除き110パーセント以上となっている(参考)。
また業務の進捗にはオンライン会議も必須となろう。 ブイキューブ(3681)はウェブ会議システムを提供している。
同社の2020年12月期第3四半期決算においても前年同期比17.3パーセント増となっている(参考)。
また業務のプロセスの中では名刺交換や契約書といった従来紙ベースであったものの電子化も必要となる。
例えばSansan(4443)はクラウド名刺交換サービスを提供する。
経常利益は前年同期比でマイナスとなっているが、売上高や売上総利益は増加している。
また契約書など紙文書の電子化としてはGMOクラウド(3788)が電子契約サービスを展開する。
株価は今年4月ごろから上昇傾向にあり、2020年12月期第3四半期決算では売上高は前年同月比+3.9パーセント、営業利益は童+1.7パーセント、経常利益は+8.0パーセントとなっている(参考)。
以上のようにテレワーク関連株はおおむね期待通りに株価の上昇、売り上げの増加が見られている。
パンデミックによる「緊急事態宣言」に対する緊急措置としてテレワークは日本において急速に進められたものの、7月にはこれを導入した約4分の1が一旦取りやめたとしている。
感染拡大が改めて取りざたされる中、テレワークは再度トレンドとなるだろうか。テレワークを巡る動向から目が離せない。
グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー
佐藤 奈桜 記す
「リモート飲み会」で冷凍食品再注目?
日本において新型コロナウイルス感染拡大の「第3波」が到来している。
外食産業振興のためのキャンペーンである「Go To Eatキャンペーン」にも影響が起こっている。
すでに東京都をはじめとする一部都道府県においては「Go To Eatキャンペーン」食事券の新規発行停止、発行された食事券等の利用を控える旨の呼びかけなどがなされている。
また北海道、茨城県、東京都、愛知県、大阪府などでは酒類提供を行う飲食店等に対して営業時間短縮等の要請が出されている(参考記事)。
「緊急事態宣言」が出された4月以降、いわゆる「宅飲み」「リモート飲み会」がトレンドとなった。「宅飲み」の際に活用されたのが冷凍食品である。宅飲みで使える冷凍食品を紹介するサイトも多く登場した。
冷凍食品関連銘柄としては、マルハニチロ(1333)、ニチレイ(2871)、テーブルマーク(JT(2914)完全子会社)、味の素(2802)、日本水産(1332)の5社が75パーセントのシェアを占めている。
マルハニチロ(1333)
マルハニチロはカップグラタンなどお弁当の具材を中心に冷凍食品を展開している。
(出典:みんなの株式より筆者作成)
ニチレイ(2871)
ニチレイは焼きおにぎりやグラタン、たい焼きやワッフルといった家で手軽に食べられる冷凍食品を中心に展開する。
(出典:みんなの株式より筆者作成)
味の素(2802)
味の素はハンバーグや餃子といった食卓のおかずにもなる冷凍食品から冷凍フルーツなど、お弁当に限られない幅広い冷凍食品を展開する。
(図表:味の素(2802)終値(2020年))
(出典:みんなの株式より筆者作成)
日本水産(1332)
日本水産はきんぴらごぼうやひじきの煮つけなどの和惣菜から揚げ物まで幅広い年代に対応するお弁当の具材を中心に冷凍食品を展開する。
(出典:みんなの株式より筆者作成)
(テーブルマークについてはJTの事業全体の割合から業績への寄与が少ないため省略。)
上記4銘柄のグラフから見られるように、どの株も「緊急事態宣言」前後の4月上旬に株価は上昇している。
11月以降、重症者数/死亡者数の増加の増加が指摘されている。
こうした中でGo To Eatキャンペーンの停止が続けば再び「宅飲み」「リモート飲み会」の増加も考えられよう。オンライン上での新しいコミュニケーションのあり方に人々が慣れてきた中で、長期で保存ができ手軽に楽しめる冷凍食品には改めて注目が集まるかもしれない。
グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー
佐藤 奈桜 記す
「日本デフォルト」~トリガーは中国か~
新型コロナウイルスのパンデミックは中国が推進する「一帯一路」にも影響を与えている。
「一帯一路」とは2013年に習近平国家主席が打ち出した巨大経済圏構想である。
中国とヨーロッパをつなぐ陸路の「シルクロード経済ベルト」(一帯)と中国沿岸部から東南アジア、南アジア、アラビア半島、アフリカを結ぶ海路の「21世紀海上シルクロード」(一路)による物流ルートの整備により貿易の活性化と経済成長を図る計画だ。
中国はこの「一帯一路」の中でアジアやアフリカ諸国に対するインフラ整備に莫大なチャイナ・マネーを投じてきた。こうした中国の途上国に対する投資は、投資を受けた各国が中国に対して債務を返済できなくなるという「債務のわな」と呼ばれる状態に陥っている、もしくは陥る可能性があるとして、国際社会から批判を受けてきた(参考)。
例えばスリランカは中国からの融資によりハンバントタ港(Port of Hambantota)を建設したものの同港の建設地が地理的に不便な場所であったために投資資金を十分に回収できず、2017年には同港の運営権を99年にわたり中国に引き渡すこととなった。こうした「債務のわな」は中国の安全保障上の利益のためになされているのではないかという疑念を強めることとなった。
しかし今、こうした中国勢に対する債務を巡って大きな変化が起こっている。
中国による約47億米ドルの融資により建設されたケニアのモンバサ・ナイロビ標準軌鉄道(Mombasa–Nairobi Standard Gauge Railway)について、ケニア側が新型コロナウイルスによるパンデミックにより財政状況が悪化したことを理由として再交渉を求めている(参考記事)。ケニアのみならずアフリカ、そして世界的にパンデミックによる経済危機が叫ばれる中、同様の主張は他の国家からも展開される可能性があるだろう。
2017年7月上旬には同じくケニアにおいて1200万米ドルの中国融資により建設されていたシギリ橋(Sigiri Bridge)が完成を目前に崩落したことが英国メディアを中心に大きく報じられていた。スリランカのハンバントタ港における地理的利便性、シギリ橋の崩落といった中国融資による建造物の欠陥もまた、こうした主張の後押しとなり得るだろう。
日本はこの「一帯一路」に対してどのような態度をとってきたのだろうか。
安倍政権は「価値外交」を展開する中で法の支配や航行の自由、自由貿易を重んじる地域秩序を主張し、「一帯一路」についてもこの観点から協力する旨を表明し、中国側もこれを歓迎していた。
しかし今、「債権」による支配を行う中国を巡り興味深い動きがある。
今年(2020年)4~7月期において中国による日本の国債購入が急増しており、中長期債の買越額は前年同期と比べ3.6倍となっているというのである(参考)。
「一帯一路」を巡る途上国への融資の回収が少なくともパンデミック以前と同様には見込まれない中、その融資の矛先を変えているとも見える。
日本の国債残高は1000兆円を超えるが、財政破綻をしない理由としてこれまで挙げられてきたひとつに「海外保有比率が少なく自国内での消費が可能であること」が挙げられる。 しかしこのまま中国が日本の国債購入を急増させていけばこの条件が崩れることとなる。
中国の「一帯一路」政策は日本デフォルトに対するトリガーとなるのか。「一帯一路」をめぐる中国の動向に引き続き注視していく必要があるだろう。
グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー
佐藤 記す