未来を予測するシンクタンクのリサーチャーコラム

グローバル・インテリジェンス・ユニットのリサーチャーのコラム。国内外で重要と思われるトピックをテキストまたは動画でお届けします。

科学者たちの「BREXIT」問題

貿易とはまた異なる、もう1つのBREXIT問題がある。来る2021年を迎えようとしている英国勢の科学者たちにとって最大の問題は「ホライズン・ヨーロッパ(Horizon Europe)」に参加できるかどうかのようだ(参考)。

「ホライズン・ヨーロッパ」とは欧州(EU)全域で実施されている研究およびイノヴェーションを促進するための研究開発プログラムである。去る2011年に従前の欧州(EU)勢の研究資金をすべて一つの共通の戦略的枠組みの下に統合しようとの提唱がきっかけとなって始まった。欧州(EU)勢が予定している2021年~2027年の7年間の予算総額はおよそ850億ユーロである。

 (図表:アイザック・ニュートン

ニュートン

(出典:Wikipedia

BREXIT後も英国勢は参加できるのだが、その場合は約150億ポンド(約167億ユーロ)の資金提供が必要になる。その上資金提供以上に研究助成金を獲得した場合は上乗せ金を支払う必要がある。

ところが国民投票(2016年)でBREXITを決定して以降現在までに英国勢が獲得した助成金の実績はそれ以前に比べ1/3になっている。このため実際にはBREXIT後は獲得金額よりもはるかに高い金額を支払うことになる可能性が高いと危惧されているのだ。

英国勢には科学技術革新の長い歴史と伝統がある。アイザック・ニュートン(Isaac Newton)、チャールズ・ダーウィン(Charles Darwin)、現代の電磁気技術の基礎を築いたマイケル・ファラデー(Michael Faraday)、「ワクチン」を生み出したエドワード・ジェンナー(Edward Jenner)。英国勢の科学分野におけるノーベル賞受賞者数は米国に次いで多い。

近年では「知識主導経済」(Knowledge Driven Economy)の確立を目指し「国際競争力」を確保するためにバイオテクノロジーナノテクノロジーといった基礎技術分野も強化している。6歳まで生きた世界初のクローン羊「ドリー」に始まるクローン研究やヒトゲノム解析などにも力を入れてきた(参考)。

(図表:エディンバラスコットランド博物館に陳列されているドリーの剥製)

ドリー

(出典:Wikipedia

英国勢は今年(2020年)7月1日に「英国研究開発(R&D)ロードマップ(UK Research and Development Roadmap)」を発表した。その中で「ホライズン・ヨーロッパ」等に正式に加盟しない場合には来る2021年1月から可能な限り速やかに野心的な代替案を実施することを約束した。

その1つが「ディスカバリー・ファンド(“Discovery Fund”)」である。「発見」に基づく画期的な研究に資金を提供するための大規模で長期的な助成金だ(参考)。

また「非凡な才能(exceptional talent)」をもつ科学者たちを世界中から英国内に引き入れるための新しいプログラム「グローバル・タレント・ビザ(Global Talent Visa)」も開始した。

先日(12月1日、ロンドン)英国王立協会(Royal Society)の会長でノーベル化学賞受賞者のヴェンカトラマン・ラマクリシュナン博士(Venkatraman “Venki” Ramakrishnan)の任期終了のスピーチが行われた。英国王立協会の会長は「英国サイエンス(British science)」の顔である。

ラマクリシュナン博士は任期中「英国サイエンス」に打撃を与える「合意なき離脱(No-deal Brexit)」に警鐘を鳴らしてきたが今回のスピーチの中で「グローバル・タレント・ビザ」の創設を「重要な一歩」として歓迎した。

英国王立協会会長の後任にはデータ・サイエンスと人工知能アラン・チューリング研究所(Alan Turing Institute)所長で統計学者のエイドリアン・スミス卿(Sir Adrian Smith)が就任する。英国勢の次なるフォーカスが垣間見える人選だ。

科学技術における英国勢の動向にこれからも目が離せない。

 

グローバル・インテリジェンス・ユニット Senior Analyst

二宮美樹 記す