未来を予測するシンクタンクのリサーチャーコラム

グローバル・インテリジェンス・ユニットのリサーチャーのコラム。国内外で重要と思われるトピックをテキストまたは動画でお届けします。

掌のコンゴ ~遥かなる国と日本の意外な関係~ (IISIA研究員レポート Vol.22)

米国勢が10年ぶりにコンゴ民主共和国勢(以下、コンゴ勢)との貿易協定を復活させる(参考)。コンゴ勢は再び関税なしで米国勢に輸出できるようになる。

第二次世界大戦中に広島と長崎に投下された原爆のウランの供給源がコンゴ勢であったことはあまり知られていない。

(図表: コンゴ民主共和国

DRC

(出典:Wikipedia

コンゴ民主共和国」(DRC、Democratic Republic of the Congo)はアフリカ最大の鉱物資源国で推定25兆ドルの天然資源の宝庫である。

ダイヤモンド、銅、コバルト、それから電子部品(コンデンサー)の材料として使われているコルタン(Coltan)といった鉱石が世界有数の規模で採掘される他、金、石油、亜鉛なども採れる。

マンハッタン計画ではコンゴ勢で採掘されたウランが米国勢へと提供され、原子爆弾が製造された。

米国勢はナチス・ドイツ勢と戦後の冷戦時代にはソ連勢の手に渡るのを防ぐためにコンゴ勢にスパイを派遣するなど、あらゆる手段を講じてウランの供給を確保したのである(参考)。

今回米国勢が復活させるのは去る2000年から施行されている「アフリカの成長と機会法(AGOA)」である。この法律によりコンゴ勢を含むサブサハラアフリカ諸国勢は法の支配、政治的多元主義、労働者の権利、市場経済に関連する一定の原則を尊重すればほとんどの商品を関税なしで米国勢に輸出できるようになっている。

この特権を去る2010年にオバマ米大統領が人権問題を理由にコンゴ勢から撤回した。

敢えて今このタイミングでコンゴ勢の特権を復活させた米国勢の狙いとは何だろうか。

気になるのがコンゴ勢と中国勢との関係である。近年「コバルト」が電気自動車(EV)革命で最もホットな先物商品の1つとして浮上している。コバルトは私たちが手に持っている携帯電話の中にも入っている。実は世界のコバルト生産量の半分以上をコンゴ勢が担っている(参考)。そしてこのコバルトの供給網をめぐって世界的な競争が起こっている。

(図表:コバルト)

cobalt

(出典: Wikipedia

現状コンゴ勢におけるコバルト獲得競争では中国勢が他国に対して圧倒的な差をつけていて、その輸入額は去る2017年の段階で12億ドルに達した。また、コバルトの鉱山も買収している。14ある最大のコバルト鉱山のうち8つが中国勢の所有で同国の生産量のほぼ半分を占める。コバルトの採掘、精製、サプライチェーンに至るまで中国企業が独占しつつある。

ところがこの希少金属の供給不足が電気自動車(EV)の普及において大きな懸念材料となっている(参考)。

今回の米国勢の動きは中国勢に対する牽制の意味があるのかもしれない。

遥かなる地でもう1つの米中戦争が繰り広げられそうだ。

 

グローバル・インテリジェンス・ユニット Senior Analyst

二宮美樹 記す

「塗る」太陽電池 ~日本人の発明が世界の救世主となるか

菅義偉首相は去る10月26日に行われた首相就任後初めての所信就任演説で「2050年までに温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」と述べた(参考記事)。具体的な目標年度を設定して温室効果ガス排出ゼロを表明するのは初めてのことであった。

「2050年に温室効果ガス排出実質ゼロ」という目標に関連して注目が集まっているのが次世代の太陽電池「ペロブスカイト太陽電池(PSC)」である。

太陽電池とは太陽光エネルギーを直接電気に変換する電池である。その種類は大きく分けて(1)シリコン系、(2)化合物系、(3)有機系という3種がある。現在量産されている太陽電池の多くは(1)シリコン系と(2)化合物系に当たる。これらの太陽電池は壊れにくく高変換効率(高いもので25パーセント)を達成している一方で材料や製造コストが高いという点にデメリットがあった(参考記事)。

(図表:単結晶シリコン型太陽電池)

Solar_cell

(出典:Wikipedia)

これらに代わる太陽電池として注目が集まっているのが、2009年に宮坂力教授が提案して以来世界的な注目を集めている「ペロブスカイト太陽電池」である。

ペロブスカイト太陽電池には低コストで高変換効率、さらには設置場所を選ばないという利点がある。

ペロブスカイト太陽電池ではNH3CH3PbI3という化学式で表されるペロブスカイト結晶を含む溶液を金属酸化物の膜上に塗布して可視光を吸収させ、その膜の上層にプラスの電気(正孔)が集まる正孔輸送(HTL)材料を接合する。このHTL材料が非常に高価であったことがデメリットとされていたが、2016年にはスイス勢のEcole Polytechnique Federale de Lausanne(スイス連邦工科大学ローザンヌ校)の研究者がペロブスカイト太陽電池を従来より大幅に低コストで製造する技術を開発したと発表した。HTL材料の5分の1と比較的安価な材料FDTを用い、高変換効率を保ちつつ低コスト化を実現したという(参考記事)。

他方で高変換効率や実際の設置という点では課題も残されている。

ペロブスカイト太陽電池が従来のシリコン系及び化合物系太陽電池に迫る20パーセントを超える変換効率を達成したとの報告がなされる一方で、そのように変換効率の高い太陽電池を再現性良く製作することが困難である(参考記事)。そもそも「ペロブスカイト太陽電池」発電層形成メカニズムはいまだ解明されておらず、研究は進められているものの変換効率の高い太陽電池の安定供給という点では大きな課題であると言えよう。

さらにペロブスカイト太陽電池は劣化が非常に早く耐久性が低いとされるが、そのメカニズムも未だ明らかではないことも課題である(参考記事)。また室温で有機溶媒に溶けるため印刷や塗布で作ることが出来るため製作が比較的容易であり設置場所を選ばないということが利点に挙げられる一方で大型化すると変換効率が大きく低下するという点で普及に向けた障壁となっている。

我が国におけるペロブスカイト太陽電池研究・開発はいわゆる「産官学連携」によって行われている(参考記事)。しかしこの「産官学連携」による研究はそれ自体について失敗事例が目立つことも指摘される(参考記事)。

加えて菅首相が打ち出した2050年という目標年度までに気候変動の原因として取り沙汰される温室効果ガスがどういった事態をもたらす“演出”がなされるのか、そしてそれとの関係で太陽電池の開発がいかにして進められるのか。引き続き注視していきたい。

 

グローバル・インテリジェンス・ユニット リサーチャー

佐藤 奈桜 記す

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科学者たちの「BREXIT」問題

貿易とはまた異なる、もう1つのBREXIT問題がある。来る2021年を迎えようとしている英国勢の科学者たちにとって最大の問題は「ホライズン・ヨーロッパ(Horizon Europe)」に参加できるかどうかのようだ(参考)。

「ホライズン・ヨーロッパ」とは欧州(EU)全域で実施されている研究およびイノヴェーションを促進するための研究開発プログラムである。去る2011年に従前の欧州(EU)勢の研究資金をすべて一つの共通の戦略的枠組みの下に統合しようとの提唱がきっかけとなって始まった。欧州(EU)勢が予定している2021年~2027年の7年間の予算総額はおよそ850億ユーロである。

 (図表:アイザック・ニュートン

ニュートン

(出典:Wikipedia

BREXIT後も英国勢は参加できるのだが、その場合は約150億ポンド(約167億ユーロ)の資金提供が必要になる。その上資金提供以上に研究助成金を獲得した場合は上乗せ金を支払う必要がある。

ところが国民投票(2016年)でBREXITを決定して以降現在までに英国勢が獲得した助成金の実績はそれ以前に比べ1/3になっている。このため実際にはBREXIT後は獲得金額よりもはるかに高い金額を支払うことになる可能性が高いと危惧されているのだ。

英国勢には科学技術革新の長い歴史と伝統がある。アイザック・ニュートン(Isaac Newton)、チャールズ・ダーウィン(Charles Darwin)、現代の電磁気技術の基礎を築いたマイケル・ファラデー(Michael Faraday)、「ワクチン」を生み出したエドワード・ジェンナー(Edward Jenner)。英国勢の科学分野におけるノーベル賞受賞者数は米国に次いで多い。

近年では「知識主導経済」(Knowledge Driven Economy)の確立を目指し「国際競争力」を確保するためにバイオテクノロジーナノテクノロジーといった基礎技術分野も強化している。6歳まで生きた世界初のクローン羊「ドリー」に始まるクローン研究やヒトゲノム解析などにも力を入れてきた(参考)。

(図表:エディンバラスコットランド博物館に陳列されているドリーの剥製)

ドリー

(出典:Wikipedia

英国勢は今年(2020年)7月1日に「英国研究開発(R&D)ロードマップ(UK Research and Development Roadmap)」を発表した。その中で「ホライズン・ヨーロッパ」等に正式に加盟しない場合には来る2021年1月から可能な限り速やかに野心的な代替案を実施することを約束した。

その1つが「ディスカバリー・ファンド(“Discovery Fund”)」である。「発見」に基づく画期的な研究に資金を提供するための大規模で長期的な助成金だ(参考)。

また「非凡な才能(exceptional talent)」をもつ科学者たちを世界中から英国内に引き入れるための新しいプログラム「グローバル・タレント・ビザ(Global Talent Visa)」も開始した。

先日(12月1日、ロンドン)英国王立協会(Royal Society)の会長でノーベル化学賞受賞者のヴェンカトラマン・ラマクリシュナン博士(Venkatraman “Venki” Ramakrishnan)の任期終了のスピーチが行われた。英国王立協会の会長は「英国サイエンス(British science)」の顔である。

ラマクリシュナン博士は任期中「英国サイエンス」に打撃を与える「合意なき離脱(No-deal Brexit)」に警鐘を鳴らしてきたが今回のスピーチの中で「グローバル・タレント・ビザ」の創設を「重要な一歩」として歓迎した。

英国王立協会会長の後任にはデータ・サイエンスと人工知能アラン・チューリング研究所(Alan Turing Institute)所長で統計学者のエイドリアン・スミス卿(Sir Adrian Smith)が就任する。英国勢の次なるフォーカスが垣間見える人選だ。

科学技術における英国勢の動向にこれからも目が離せない。

 

グローバル・インテリジェンス・ユニット Senior Analyst

二宮美樹 記す

培養肉100%「ハンバーグ」が「ステーキ」に飛躍する日

シンガポールが世界で初めて「培養肉(lab-grown meat)」の販売を承認した(参考)。いわゆる「クリーン・ミート(clean meat)」に対する世界初の規制当局による承認となる。

ことの始まりは去る2013年8月ロンドンで開催されたある不思議なイヴェントだった。

(図表:ステーキ)

(出典:Wikipedia

主催者はオランダ・マーストリヒト大学のマーク・ポスト(Mark Post)教授。専門は血管生理学なのだがテーマはハンバーガーの試食会。ところがただのハンバーガーではなかった。実は具材の肉が牛の幹細胞をシャーレで培養したものだったのである。

こうして人工的に製造した肉をマーク・ポスト教授は「Cultured Meat」と呼んだ。これをきっかけにグローバル規模で「培養肉」ブームが始まった(IISIAマンスリーレポート2018年4月号参照)。

近年「健康志向」「動物愛護」「環境保全」といった風潮から「代替肉」の需要が急上昇している。ただし「代替肉」は一般に大豆など植物由来の肉のことを指す。他方「培養肉」は本物の動物の細胞からできている「純肉」とも言われるものだ。

今回認可を受けたのは米出身のスタートアップ企業で現在シンガポールを拠点とするイート・ジャスト社(Eat Just)である。同社は緑豆から卵の代替品もヴィーガン向けに製造している。

(図表:人工鶏肉はナゲット状で販売)

(出典:Reuters

世界の人口は2050年には90億人に到達すると予想され「食料をどのように供給するのか」も課題となっている。今回シンガポールが認可に踏み切ったのは同国が食品の90%を輸入に頼っていることも背景にある。

しかし開発はまだ初期段階で生産コストは高い。同社は2021年末までには収益性を確保し商業化を急いでいる。

現在世界中で「研究室で培養された(lab-grown)」魚や牛肉、鶏肉が研究されている。未だ実証されていないマーケットに参入すべくしのぎを削っている。

世界の「培養肉」マーケットを見ると米国は製造研究の水準が非常に高い。また消費マーケットととしても有望だ。その理由は世界有数の人口を誇る米国民が消費者として「培養肉」に対する拒否感が希薄だからである。

他方で欧州の「培養肉」製造で最先端を走っているのがオランダ勢である。上述のマーク・ポスト教授が CSO(Chief Scientific Officer)を務めるモサミート社(MosaMeat)もオランダで積極的な「培養肉」ビジネスを展開しようとしている。同社の見立てでは2021年にまず高級レストランから提供できるのではないかと見ている。

我が国では日清食品ホールディングス株式会社(2897)が「培養肉」の研究開発を進めている。

ロンドンを本拠とする国際金融グループのバークレイズ(Barklays)によれば「代替肉」マーケットは2029年までに1400万ドル規模になる試算だ(参考)。

それでも「培養ハンバーグ」から「培養ステーキ」にするにはまだまだ飛躍的な技術の発展が必要だという。それがどこから生まれるのか注視して参りたい。

 

グローバル・インテリジェンス・ユニット Senior Analyst

二宮 美樹 記す

日本の「絹(シルク)」は人工血管で「再生」するか

「高級品」である「シルク(絹)」。優雅な光沢やしなやかな肌触りに加えて天然繊維の中でも綿の1.3倍から1.5倍の吸水性があり放湿性も綿に匹敵する。

世界の「シルク(絹)」は3種類に分けることができる。世界最高級は「マルベリーシルク(Mulberry silk)」である。厳しい条件の下で飼育された蚕から作られる桑の絹は最も高価で上質な絹とされている。2つ目はインド東部でつくられる「タッサー・シルク(Tussar silk)」だ。桑の葉ではなく沙羅双樹の葉などでつくられる絹である。「エリ・シルク(Eri silk)」はエリ蚕という野生種の蚕(wild silk)からとれる繭である。「絹」といえば「光沢」のイメージだが「エリ・シルク」は生成りでコットンのような肌触りが特徴だ。

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図表:カイコ(Silk moths) (出典:Wikipedia

「養蚕業」と「製糸業」は明治から昭和初期にかけて日本の主要産業であった。明治維新で西洋と肩を並べていかなければいけなくなった我が国を何もない状況から救ったのが蚕から産出される生糸であり、絹製品だった。餌となる桑についても日本はその生育に際して好条件の立地だった。養蚕業、製糸業、そして絹産業は我が国において「ゼロから 1 を生み出す」打ち出の小槌だったといえる。さらにそれに関連した技術革新を通じて幅広く我が国経済の発展の礎を創り、同時に莫大な国富を日本へと移転してくれたのである(IISIAマンスリーレポート2019年4月号参照)。

片倉工業株式会社(TYO: 3001)はまさにその時代に創業された(1873年明治6年)。当時日本の輸出総額の約4割が絹製品であり日本最大の製糸企業を持っていた片倉財閥は「シルク・エンペラー」とも呼ばれた。現在は繊維事業、不動産事業、医薬品事業、機械関連事業など多角的な事業展開をしている。

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表:糸繰り(繭から糸を引き出して紡ぐ作業)(出典:蚕飼絹篩大成

現在日本の製糸業は縮小傾向にある。現在関東や東北地方を中心に小規模な産地が残るのみとなった。過去10年の間(平成21年から平成31年)に養蚕農家数、繭生産量は共に約3割の水準まで減少している。これに伴い生糸の生産数量も大きく減少した(参考)。

他方で世界の「絹(シルク)」の需要は増加傾向にある。世界の繊維市場に占める「絹(シルク)」の割合はわずか0.2%以下だが国際貿易センター(ITC、International Trade Centre)によればこの数字は誤解を招きやすい。ほとんどの輸入国では完成品の絹製品に関するデータが不足しているため評価は難しいものの実際の貿易額(trading value)は数十億ドル規模にのぼる(参考)。

今「絹(シルク)」が「再生医療」の材料としても注目されている。優雅な光沢や滑らかな肌触りが特徴的だが実は最強の繊維でもある。蚕がつくる絹は同じ太さの銅鉄線よりも強い。丈夫な上に生体適合性が高く昔から外科手術の縫合糸として使われてきた。絹の人工血管は血栓ができにくい(参考)。東京農工大学の朝倉哲郎教授は世界で初めて絹の人工血管をつくることに成功し研究を進めている(参考)。

「衣食住」の「衣」を超えた医療における「絹(シルク)」の新たな可能性に期待が高まる。

 

                                        グローバル・インテリジェンス・ユニット Senior Analyst
                                                                                                                     二宮 記す

 

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0.35秒に隠された不思議

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今回のテーマは

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